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男が育休を取ったら気づけたこと

男が育休を取ったら気づけた育児の楽しさ・苦労・コツを感ずるままに書き綴ります。



「虐待」と「教育」の差はどこにあるのか⁉️

高嶋ちさ子さんの“子育て武勇伝”に非難殺到

今日知ったが、東京新聞に掲載された、バイオリニスト・高嶋ちさ子さんの子育てコラムに非難が殺到しているらしい…。

 

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コラムのタイトルは、「ゲーム機バキバキ事件」

決まった時間にしか遊んではいけないという約束を守らなかった息子に腹を立て、長男と次男のゲーム機(ニンテンドー3DS)を真っ二つに折ってやった…とのこと。

高嶋さんは2人の息子に「あなたはゲームが一生できないことを嘆くより、ママからもう二度と信用されないということを心配しなさい!」「もうあなたを信用しないから、どうやって信用を取り戻すかを考えなさい!」と怒ったそう…。

記事には長男と次男、2人のニンテンドー3DSが無残に壊された写真と「約束は守らないといけません」というキャプションも添えられていた。

 

これは DV?教育?

皆さんは、この記事を見てどう感じただろうか?

 

ネット上では、

  • これ、普通にDVだよね
  • 単なる暴力による子供に対するマウンティング…
  • 躾(しつけ)の成功例として挙げているのが厄介…
  • たかがゲーム機だろうが『物を壊す事』を軽く見てはいないだろうか…
  • 『他者』の私有財産を損壊しているという点で間違ってる…

など、非難が殺到しているという…。

 

さて、私はこの記事を見てどう思ったかというと…むしろ肯定的に受け取った。

真意は当然ながら高嶋親子にしかわからないものの、

  • 約束(=信用)を破ることはいけないことだと、
  • ゲーム機を壊してまで、怒りをあらわにして、
  • 親の責任として、子に対して、正しく「教育」した。

と感じたのだ。

 

もちろん、物を壊すという行為自体は良くないと私も思う。

だが、親子間にはその親子にしかわからない関係性があり、責任も取れない他人がとやかく口を出すことではないと感じるのだ。

 

例えばだが、非難の通り子育てをしていたらどうなるのだろう…

  • 優しく咎めて、約束=信用の重要性は子どもにどこまで伝わるだろうか?
  • 物を壊してまでも、伝えるべきことだったんじゃないだろうか?
  • 子どもにも、親の考えが伝わり、けしてDVとだなんて感じていないのでは?
  • 序列をつけないから、家庭崩壊などが起こるんじゃないだろうか?
  • …etc

というふうに、思えてならないのだ。

 

パワハラ」や「体罰」でも同様のことが言える…

これは、学校での「体罰」や職場での「パワハラ」にも同様のことが言える。

私は人事なので、「パワハラ」については、職務上接する機会が他の人より多い。そこで言えるのは、下記 2つの要件が重なる時に「パワハラ」は成立するということだ。

  • 権限を使っているかどうか
  • 人権侵害に該当するかどうか

で、判定が難しいのが、「人権侵害に該当するかどうか」である。

これは、2者間の関係性が大きく影響するからだ。

 

例えばだが、

  • 尊敬する上司から「バカ」と言われても、なにも思わないのに、
  • 軽蔑する上司から「バカ」と言われると、「人権侵害」と感じる。

ということが起きる。

パワハラ」が顕在化する多くは、被害者からの連絡であり、その受け手の感情によって「人権侵害」か否かが分かれる。

 

一方で、「パワハラ」などが世間で騒がれるようになり、「叱れない」上司が増えたのも事実であり、問題視されている。管理職の重要な職務である「叱る」という行為がなされないのだ。

けして「パワハラ」を肯定するわけではないが、人事としては、この点こそ懸念している。必要だから職務があるわけで、その職務がなされないと、規律は崩壊し、組織は崩壊するからだ。

だからこそ、管理職向けに「パワハラについての講習」などを実施するが、

  • 権限は適切に使うこと
  • 人権が何たるかを理解すること
  • 「叱る」という行為を止めないこと
  • 普段の人間関係構築に注力すること

を、指導している。

 

同じことが、学校での「体罰」や親子間の「虐待」にも言えるのではないだろうか?

叱れない「教師」や「親」が昔以上に増えていることと推察する…

体罰・虐待はもちろん罪だが、叱れないことで職務や責任を放棄しているのもまた問題だ。

 

再度言うが、暴力・虐待を肯定しているわけではない。これらは明らかに人権侵害にあたると言える。

曖昧性が残るとすれば、この人権侵害にあたるか否かは、受け手の感情であり、2者間の関係性が大きく起因するということなのだ。けして、「平手」だったらよくて、「パンチ」だったらダメという単純な話ではないのだ。

 

「虐待」と「教育」の差はどこにあるのか?

話を戻そう。

高嶋親子しかり、「子育て」についても同じことが言える。

要は、その当事者親子でなければ、わからない関係性がそこにはあるのだ。

 

重要なのは、

  • その子育て方法は、自分の為ではなく、子の為に愛情が注がれているか?
  • その子育て方法は、度を超えていない(人権侵害ではない)か?
  • 子もそれを理解しているか=理解できる関係性が築けているか?

なのである。

これが、「虐待」と「教育」の差なのではないだろうか…

他人が、その事象の表面を捉え、無責任にとやかく言う問題ではない。

 

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著者名:尾木 直樹